残業代を不正受給していた従業員の処分方法とは? 予防策も紹介

2023年08月01日
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残業代を不正受給していた従業員の処分方法とは? 予防策も紹介

2021年度に山梨県内の総合労働相談コーナーに寄せられた労働に関する相談は7627件でした。残業に関する相談がある一方、勤務時間の記録をごまかして、残業代を不正受給する労働者もたまに見受けられます。

残業代の不正受給は懲戒事由に当たるほか、刑法上の詐欺罪にも当たる可能性があります。特に、意図的に残業代を不正受給した労働者に対しては、厳正に対処しましょう。

今回は、労働者による残業代の不正受給を発見した場合、企業が行うべき対処法や注意点、残業代の不正受給に対する予防策などをベリーベスト法律事務所 甲府オフィスの弁護士が解説します。

1、残業代の不正受給とは

残業代の不正受給とは、従業員(社員)が本来受け取る権利のない残業代を、会社(企業)を騙すなどの方法によって不正に受け取ることをいいます。

  1. (1)残業代の不正受給のよくある手口

    残業代の不正受給のよくある手口としては、以下の例が挙げられます。

    • 自分より遅く残っている同僚に、タイムカードなどを代理で打刻してもらう
    • 勤怠表に実際よりも長い労働時間を記録する
    • 持ち帰り残業の時間を不正に長く申告する
    など
  2. (2)残業代の不正受給は懲戒事由に当たり得る

    残業代の不正受給は、一般に会社で定められた就業規則上の懲戒事由に該当します。したがって、不正受給をした従業員は懲戒処分の対象です。

    残業代を不正受給した従業員に対して、どの程度の懲戒処分を行うことができるかについては、自覚の有無・金額・常習性などを踏まえた悪質性の程度によります。

    客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない懲戒処分は無効となるため(労働契約法第15条)、事前に弁護士へご相談ください

  3. (3)残業代の不正受給は詐欺罪にも当たり得る

    会社をだまして残業代を不正に受給した場合、従業員に詐欺罪(刑法第246条第1項)が成立する可能性があります。

    詐欺罪の法定刑は「10年以下の懲役」であり、窃盗や業務上横領などと並ぶ重罪です。悪質な残業代の不正受給をする従業員については、刑事告訴も検討すべきでしょう。

2、残業代を不正受給した従業員への対処法

従業員による残業代の不正受給が発覚した場合、会社としては以下の対応をとることが考えられます。

  1. ① 口頭での注意
    懲戒処分を行わず、口頭で注意して反省を促します。

  2. ② 戒告・けん責
    懲戒処分としての厳重注意を行います。始末書の提出を求めることもあります。

  3. ③ 減給
    従業員に支給する給与の一部を減額する懲戒処分です。

  4. ④ 出勤停止
    従業員の出勤を禁止し、その期間中の給与を支給しない懲戒処分です。

  5. ⑤ 降格
    従業員の役職をはく奪し、役職給などを不支給とする懲戒処分です。

  6. ⑥ 諭旨解雇
    従業員に対して退職を促す懲戒処分です。

  7. ⑦ 懲戒解雇
    従業員を強制的に辞めさせる懲戒処分です。

  8. ⑧ 過払い残業代の返還請求
    不正受給された残業代の返還を請求します。

  9. ⑨ 詐欺罪による刑事告訴
    警察に対して被害事実を申告し、従業員の処罰を求めます。


このように、残業代の不正受給について会社が講ずべき対処法は多岐にわたります。事案の内容に応じて適切な対処法を選択しなければなりませんが、法的な検討を要するため、弁護士の専門的な知見が必要不可欠です

従業員による残業代の不正受給を発見したら、速やかに弁護士へご相談ください。

3、従業員が残業代を不正受給していた場合の注意点

従業員が残業代を不正受給したいた場合、会社としては、以下の各点に十分留意したうえでご対応ください。

  1. ① 不正受給された残業代は返還を請求できる|ただし給料天引きは不可
  2. ② 労務管理に不備があると、懲戒処分に支障が生じる場合あり
  3. ③ 懲戒解雇のハードルは高い


  1. (1)不正受給された残業代は返還を請求できる|ただし給料天引きは不可

    従業員が不正受給した残業代は、法律上の原因なく利得したものであるため、会社は不当利得として返還を請求できます。

    会社が請求できる不当利得の金額は、不正受給について従業員に自覚があったか否かによって異なります

    不正受給について従業員に自覚がなかった場合、現存利益の限度でしか返還を請求できません(民法第703条)。これに対して、従業員に不正受給の自覚があった場合には、残業代全額に利息を付した金額の返還を請求できます(民法第704条)。現存利益とは、利得が原物のまま、あるいは形を変えて、なお残存する限りという意味です。例えば、支払った給与が既に使われてしまっていれば、現存利益が失われているのではと思うかもしれませんが、昭和7年10月26日の大法廷判例では、取得した⾦銭を⽣活費に充てた場合は、本来⽀払わなければならない出費を免れているから、費消した⽣活費分についてもなお、現存利益があるとされています。

    ただし、不当利得の返還を請求できるとしても、従業員に対して今後支払うべき給料から天引きすることはできません。労働基準法で定められる「全額払いの原則」に反するためです(労働基準法第24条第1項)。
    したがって、従業員に対しては給料全額を支払いつつ、別途不当利得の返還を請求する必要があります。

  2. (2)労務管理に不備があると、懲戒処分に支障が生じる場合あり

    会社による残業時間の管理に不備があると、残業代を不正受給した従業員に言い逃れの余地を与えてしまう可能性があります。

    残業代を無自覚に受給していたと言われてしまった場合には、会社が従業員に対して懲戒処分を行うことは客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない可能性があります。会社としては、従業員が「気づかなかった」「初めて知った」と言い訳できないように、意図的な不正受給を看破できるような労務管理を徹底すべきです

    具体的にどのような方法で労務管理を行うべきかについては、会社の状況によって異なるので、弁護士にご相談ください。

  3. (3)懲戒解雇のハードルは高い

    会社が従業員を懲戒解雇できるのは、既に述べたとおり、客観的に合理的な理由が有り、社会通念上相当と認められるケースに限られます。

    残業代の不正受給は、意図的であれば悪質であり、懲戒解雇とすることに客観的に合理的な理由が有り、社会通念上相当と認められ易いことは間違いありません。しかし、金額が少ない場合や、出来心で1回だけ不正受給したにすぎない場合などには、懲戒解雇できる程度までの客観的な合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない可能性があります。

    従業員を安易に懲戒解雇すると、不当解雇を主張されて復職を求められるなど、深刻な労使トラブルに発展してしまいかねません。従業員と揉めた際に、会社が不利な立場に置かれないように、弁護士のアドバイスを受けて対応することをおすすめします。

4、残業代を不正受給させないための予防策

従業員に残業代を不正受給させないためには、以下の予防策を十分に講じましょう。

  1. ① タイムカードの代理打刻を防止する|勤怠管理システムの導入が効果的
  2. ② 従業員の教育を徹底する


  1. (1)タイムカードの代理打刻を防止する|勤怠管理システムの導入が効果的

    タイムカードの代理打刻は、残業代の不正受給に関してよくある手口なので、会社は厳格な予防策を講じておくべきです

    代理打刻を防止するためには、物理的な打刻を行うタイムカードではなく、勤怠管理システムによって勤務時間を管理することをおすすめします。

    生体認証やPCログなどを利用した打刻を行う勤怠管理システムを導入すれば、代理打刻による残業代の不正受給のリスクをかなり低くすることができます。

  2. (2)従業員の教育を徹底する

    意図的な残業代の不正受給が懲戒事由に該当し、さらに詐欺罪にも該当し得る重大な非違行為であることについて、すべての従業員が正しく認識しているとは限りません

    実際に意図的な残業代の不正請求・不正受給をする従業員は、行為の悪質性をほとんど意識せず、軽い気持ちで不正打刻などに手を染めてしまうケースが多いのです。

    会社としては、従業員に対して定期的にコンプライアンス研修を行い、残業代の不正受給をすることのリスクについてきちんと教育すべきです。

    たとえば、弁護士を外部講師として招いて社内セミナーを行えば、残業代の不正受給に限らず、その他の法律問題についても幅広いインプットを図ることができます。

5、まとめ

従業員による残業代の不正受給は、一般に会社で定められた就業規則上の懲戒事由に該当するほか、詐欺罪による処罰の対象になる可能性があります。

会社としては、従業員による残業代の不正受給が疑われる場合、まず事実関係を正確に調査することが大切です。記録・資料の精査や従業員に対するヒアリングなどを通じて、本当に残業代の不正受給が行われたのかどうかをチェックしましょう。

不正受給の事実が認められた場合、会社としてどのような対応を講ずべきか検討する必要があります。たとえば、口頭での注意・懲戒処分・不当利得返還請求・刑事告訴などが考えられますが、実際に講ずる対応は、具体的な事情を丁寧に検討して決めなければなりません。

特に懲戒解雇については、従業員の行為が懲戒解雇に値するほど悪質である場合にしか認められず、安易な懲戒解雇は無効となる可能性が高いので要注意です

残業代の不正受給への対応に迷う部分があれば、弁護士への相談をおすすめします。弁護士は、法的な観点から事案を分析し、会社としてリスクを最小限に抑えられる対応についてアドバイスします。不正受給された残業代の返還請求についても、併せて一任することが可能です。

ベリーベスト法律事務所は、労務管理に関するご相談を随時受け付けております。従業員による非違行為への対応や、未払い残業代請求を受けた場合の対応など、会社が困りがちな労務トラブルの解決策を丁寧にアドバイスいたします。

従業員とのトラブルにお悩みの企業は、お早めにベリーベスト法律事務所 甲府オフィスへご相談ください

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