懲戒解雇で退職金不支給は違法? 不支給・減額をする場合の注意点
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「懲戒解雇をしたが、そのような従業員に対して退職金を支給したくないが、可能か?」といったご相談を受けることがあります。
会社にとっては従業員を懲戒解雇とせざるを得ないほど、重大な背信的行為があったわけですから、退職金の支払いを拒みたいという気持ちは理解できます。しかし、懲戒解雇をしたからといって必ず退職金の支払いを拒めるかというと、そうではないのが現実です。
この記事では、従業員を懲戒解雇にした際、退職金の不支給が認められるケース・認められないケース、就業規則上の文言の工夫などについて、ベリーベスト法律事務所 甲府オフィスの弁護士が解説いたします。
1、懲戒解雇で退職金不支給は法律上問題ないのか?
従業員を懲戒解雇した場合に、退職金の支給を拒絶したいと考える企業は決して少なくはありません。懲戒解雇する程度の重大な行為があったわけですから、会社の判断として不自然なことではありませんが、法律上問題はないのでしょうか?
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(1)そもそも退職金とは?
まず、そもそも退職金とはどういったものなのか、ご説明いたします。
退職金は、法律上支払いが義務付けられているわけではありません。したがって、退職金制度がない会社であれば、懲戒解雇をした場合に退職金を支払わなかったとしても問題ありません。
もっとも、日本の多くの企業では退職金制度は多く普及しており、会社側が制度化する場合には就業規則に支払いに関する規定を置かなければならないとされています(労働基準法89条3号の2)。よって、制度の対象となっている従業員には、就業規則の当該退職金規定に基づいて支払いがなされることになります。
なお、就業規則その他労働契約に明文の退職金規定がない場合であっても、一定の要件のもと例外的に労使慣行によって退職金の請求が認められる場合がありますが、ケースとしては多くはありません。 -
(2)退職金不支給規定の有効性
そして、就業規則などで退職金規定を設けている企業では、懲戒解雇またはそれに相当する事由が存在する場合には、退職金の一部または全部を支給しないという条項を設けることがありますが、これは問題ないのでしょうか。
退職金は一般に、すでになされた労働に対する対価、つまり賃金の後払い的な性格があるとされています。このことからすると、たとえ懲戒解雇されたとしてもすでになされた労働に対する対価である退職金を支給しないということは妥当ではないということになります。
しかし、一方で退職金には、功労報償的な性質、すなわち退職まで会社の業務に従事した、いわば「ご褒美」であるという性質もあると考えられています。この功労報償的な性質を強調するのであれば、会社から見て不誠実な辞め方をした従業員に対して、退職金を支払わない、または減額をするということは当然ということになります。
この点について、裁判所は、問題となっている退職金制度に部分的にせよ功労報償的な性格があるのであれば、それを尊重し、退職金不支給(減額)規定は有効であることを前提に、当該個別的なケースにおける退職金不支給(減額)の当否・合理性を判断するものが多くあり、規定さえあれば退職金の不支給(減額)を無限定に認めるものではありません。
裁判例の多くは、従業員のこれまでの功績を抹消させてしまうほどの著しい不信行為があったかどうかを基準とし、当該退職金制度の性格づけ、不支給の理由など諸般の事情を考慮し、個別の事案ごとに退職金の減額・不支給規定の有効性や適用限度(どこまでの範囲で不支給とできるか)を個別に判断しています。
2、退職金の不支給・減額が認められるケース/認められないケース
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(1)懲戒解雇を理由に退職金の不支給(減額)が認められる要件
懲戒解雇を理由に退職金の不支給(減額)が認められる要件としては、
① 就業規則などに不支給を定める労働契約上の根拠があること
② これまでの功績を抹消させてしまうほどの著しい不信行為があったこと
があげられます。 -
(2)① 就業規則などに不支給を定める労働契約上の根拠があること
企業において就業規則などに不支給を定める労働契約上の根拠がないような場合には、原則として退職金を不支給(減額)とすることは認められません。
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(3)② これまでの功績を抹消させてしまうほどの著しい不信行為があったこと
繰り返しになりますが、懲戒解雇があった場合に退職金を不支給とする規定があったとしても、裁判所は無限定に退職金の不支給(減額)を認めているものではありません。
裁判所は、従業員のこれまでの功績を抹消させてしまうほどの著しい不信行為があったかどうかを基準とし、諸般の事情を考慮し、個別の事案ごとに判断しています。 -
(4)裁判例のご紹介
【懲戒解雇による退職金の減額が認められたケース】
トヨタ工業事件 東京地裁平成6年6月28日判決
事案概要:
就業時間後に行われた個人的な花見会を開催した従業員が、事前に報告をするよう注意されたこと等を不満とし集団で職務放棄したため懲戒解雇と退職金不支給にしたことの適否が争われた事案
判決:
これまでの功績をすべて抹消させてしまうほどの著しい背信行為はなかったとして、退職金の全部について、その支払いを命じました。
【懲戒解雇による退職金の減額が認められたケース】
小田急電鉄事件 東京高裁平成15年12月11日判決
事案概要:
複数回の痴漢行為をして逮捕・起訴された従業員に対する懲戒解雇と、これに伴い退職金を支給しなかったことの適否が争われた事案
判決:
今回の行為の悪質性、過去にも痴漢行為により罰金刑に処せられたことがあったこと、過去に改善の機会を与えられていたことなどを踏まえると、これまでの功績を抹消させてしまうほどの著しい不信行為があったと評価する余地もないではないが、私生活上の行為であること、会社の信用棄損が現実に生じたわけではないとして、本来支給される退職金の3割が相当であると判断されました。
3、退職金を不支給・減額する際の注意点
懲戒解雇に相当する行為をした従業員に対して、退職金を不支給・減額するためには、その旨を就業規則(退職金規定)等に定めておく必要があります。
実務上のトラブルとして、懲戒解雇事由があったにもかかわらず、懲戒解雇処分をする前に、従業員に退職されてしまうといったケースが存在します。多くの会社は「懲戒解雇処分を受けた場合」には退職金の全額または一部を支給しない旨を規定しており、懲戒解雇処分をする前に退職されてしまうと、退職の支払いを拒絶できないのではないか、という問題が発生します。
そしてこの問題は、
① まだ支払いをしていないとき
② すでに支払ってしまったとき
の2通りのパターンに対応できるように条文を工夫しなくてはなりません。
- ① まだ支払っていないとき
自主退職を受理してから退職金を実際に支払うまでの期間に懲戒解雇に相当するような事由があったことが判明するというのが典型的な場合です。
この場合に懲戒解雇処分を受けた場合は退職金を支給しないといった規定ですと、実際に解雇処分をしていないため、支払義務が生じてしまうような疑義があります。
そこで、就業規則(退職金規定)では「懲戒解雇に相当する行為をした場合」と定めておき、実際の処分の有無を支給拒絶の要件から除外するとよいでしょう。 - ② すでに支払ってしまったとき
この場合には、退職金の返還を求めたいところですが、やはり「懲戒解雇処分を受けた場合は退職金を支給しない」とするのみの規定では、返還を求めることができるか疑義が残ります。
そこで、①の修正に加えて、さらに「すでに退職金が支給されている場合には、その全部または一部の返還を請求できる」旨の規定を追加すべきです。
ただし、このように退職金の不支給・減額規定を整備しても、実際に不支給または減額が有効であるかというのは別の問題になりますので、慎重な対応が求められます。
4、解雇など労働問題を顧問弁護士に相談するメリット
労働問題は、問題となっている事案ごとに、事実を適切に把握し、法的に評価・整理したうえで対応しなければなりません。
もしも、企業独自の誤った判断をもとにして、たとえば、退職金を不支給とする規定がないにもかかわらず、懲戒解雇した場合に退職金を支払わなかった場合、従業員から退職金の支払いを求める訴訟を提起されてしまうおそれがあります。
このようなリスクを回避するには、労務問題について知見をもった弁護士に相談し、十分な法的根拠をもって対応されることをおすすめします。
さらに、それが顧問弁護士であれば、普段から日常的・継続的に企業の労務問題の状況を把握しているため、いざ事が起こってしまってからではなく、迅速な対応を行うことが可能となります。
ベリーベスト法律事務所では月額3,980円からの顧問弁護士サービス「リーガルプロテクト」をご用意しています。必要に応じて効率的に弁護士のアドバイスを気軽に受けられるので、まずはお気軽にお問い合わせください。
5、まとめ
懲戒解雇を行い、退職金を不支給(減額)とするために、検討すべき点がたくさんあります。前提として非常に重たい処分である懲戒解雇の有効性が問題になり、そのうえで、就業規則上の根拠を確認し、懲戒解雇に至るまでの事実関係に基づいて、退職金を全部または一部支給しないことが適法かどうか、過去の裁判例などに照らして判断しなくてはなりません。
ベリーベスト法律事務所 甲府オフィスでは、労務問題の取り扱いが豊富です。懲戒解雇や退職金の支給可否に関する対応についてお困りの際にはお気軽にベリーベスト法律事務所 甲府オフィスへご相談ください。
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