限定承認手続きは自分でできる? その方法と相続放棄との違い
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裁判所が公表している司法統計によると、令和2年に甲府家庭裁判所に申立てのあった限定承認の申述件数は、2件でした。また、同年に甲府家庭裁判所に申立てのあった相続放棄の申述件数は、1902件でした。この統計資料からは、圧倒的に相続放棄の利用件数が多いことがわかります。
被相続人に借金がある場合には、遺産を相続してしまうと借金も一緒に相続することになってしまいますので、借金の相続をしたくない相続人の方は、相続放棄または限定承認の手続きを検討することになります。
いずれも家庭裁判所に申立てが必要な手続きになりますが、相続放棄と限定承認ではどのような違いがあるのでしょうか。また、限定承認の手続きを個人だけで行うことは可能なのでしょうか。今回は、限定承認の方法と相続放棄との違いなどについて、ベリーベスト法律事務所 甲府オフィスの弁護士が解説します。
参考:令和2年度 第9表 家事審判・調停事件の事件別新受件数―家庭裁判所別(裁判所)
1、限定承認と相続放棄の違い
相続する際に借金などのマイナスの財産があった場合、対策として「限定承認」と「相続放棄」という方法があります。2つにはどのような違いがあるのでしょうか。
以下では、それぞれの手続きの概要について説明します。
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(1)限定承認とは
限定承認とは、一応相続はするものの、借金などの負債がある場合は、相続によって得たプラスの財産の範囲内でのみ負債を弁済する責任を負うという方法です。
たとえば、
● マイナスの財産……借金が300万円
● プラスの財産……預貯金が200万円
とします。
この場合、限定承認をすることによって、負債を弁済する責任の範囲がプラスの財産の範囲内に限定されるため、返済は200万円のみで、残り100万円分の返済責任からは免れることができます。
なお、限定承認をする場合には、相続開始を知ったときから3か月以内に家庭裁判所に限定承認の申述という手続きを行う必要があります。 -
(2)相続放棄とは
相続放棄とは、プラスの財産だけでなくマイナスの財産も含めたすべての遺産に対して、相続の権利を放棄する手続きです。
相続人に多額の借金があるような場合や、相続争いに巻き込まれたくないというケースでは、相続放棄の手続きが利用されます。相続放棄をするには、他の相続人の同意はいりません。管轄の家庭裁判所に相続放棄の申述書を提出し、受理されると手続きが成立したことになります。
相続放棄をする場合にも、限定承認と同様に相続開始を知ったときから3か月以内に家庭裁判所に相続放棄の申述という手続きを行う必要があります。
ただし、期限内に財産の調査が終わらず、限定承認か相続放棄か決めかねる場合は「相続の承認又は放棄の期間の伸長」を申立てることで、期間を延長できる可能性があります。
参考:相続の承認又は放棄の期間の伸長(裁判所) -
(3)限定承認と相続放棄の違い
限定承認と相続放棄とでは、主に以下のような相違点があります。
相続の有無 限定承認の場合には、プラスの財産の範囲内で責任を負うという留保は付いているものの、被相続人の遺産を相続することになります。
これに対して、相続放棄は、遺産を相続する権利自体を放棄することになりますので、遺産を相続することは一切ありません。申立て方法 限定承認も相続放棄も、相続開始を知ったときから3か月以内に家庭裁判所に申述という手続きをする点は共通しています。
しかし、限定承認をする場合には、相続人全員が共同して行わなければならないのに対して、相続放棄は各相続人が単独で行えるという違いがあります。限定承認は、相続人の足並みがそろわなければ手続きすることができないため、限定承認の方がよりハードルが高いといえます。税金 相続放棄をする場合、遺産は相続しないため、当然相続税が課税されることはありません。限定承認をする場合にも、ほとんどのケースでは、遺産が基礎控除の範囲内に収まりますので相続税が課税されるケースは少ないといえます。
しかし、相続財産に土地や株式といった値上がりする可能性があるものが含まれている場合には含み益に対して税金がかかる可能性があるため、限定承認をする場合には注意が必要です。
2、限定承認をするべきケース
限定承認をするべきケースとしては、以下のケースが挙げられます。
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(1)居住中の家など手放したくない財産がある場合
多額の借金があり、すべての遺産を相続することは難しいものの、どうしても家を手放したくないなど、特定の財産を残したい場合にも限定承認の手続きが有効となります。
限定承認の手続きでは、被相続人の相続財産については、原則として競売によって換価して債権者への弁済を行うことになります。しかし、限定承認をした人が家庭裁判所によって選任された鑑定人による評価額を弁済することによって、その財産を取得することが認められています(民法932条但書)。これをいわゆる先買権の行使といいます。
先買権を行使するためには、相続人にある程度の資力が必要になりますが、どうしても手放したくない財産があるという場合には限定承認を検討してみるとよいでしょう。
ただし、先買権は抵当権等の優先的な権利には劣後しますので、先買権に優先する権利を持つ人がいる場合には、その人の同意が必要になります。また、対象の財産を評価する鑑定費用は相続財産から支払うことはできませんので、限定承認を選択した人の負担となります。 -
(2)相続財産のプラスとマイナスの内訳が不明な場合
相続人であっても被相続人の遺産のすべてを正確に把握しているわけではありません。被相続人が財産目録などをしっかりと残していない場合には、プラスの財産とマイナスの財産がどのくらいあるのかがわからないということも珍しくありません。
相続財産の内訳が不明な状態で相続手続きを進めてしまうと、後日多額の借金が判明したとしても単純承認があったとみなされ相続放棄をすることができなくなってしまいます。
反対に、借金しかないと思って相続放棄をしてしまうと、後日多額の資産が判明したとしても相続放棄を撤回することはできません。 -
(3)被相続人の事業を引き継ぐ場合
被相続人が事業を行っていた場合には、相続人のうちの一人が被相続人の事業を引き継ぐことがあります。
この場合、遺産分割協議によって特定の相続人に遺産を集中させるという方法もありますが、被相続人に借金がある場合には、遺産分割協議で決まった負担割合にかかわらず、相続人全員が法定相続分に応じた債務を負担しなければなりません。
また、事業を継続する相続人以外の相続人が相続放棄をすることで他の相続人が借金の負担を免れることもできますが、この場合には、事業を継続する相続人がすべての借金を負わなければならなくなります。
このような場合には、限定承認を選択することによって、被相続人の借金を清算しつつ、事業に必要となる資産を引き継ぐことが可能となります。
相続財産の内訳が不明な場合には、限定承認をしておくことで遺産を相続することができるとともに、多額の借金が判明してもプラスの財産の範囲内で責任を負えば済みますので安心です。
3、限定承認は個人で行うことはできる?
限定承認は、弁護士に依頼することなく個人で行うこともできます。以下では、限定承認の方法などについて説明します。
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(1)限定承認の手続きの流れ
限定承認をする場合には、以下のような流れになります。
① 家庭裁判所に限定承認の申述 限定承認をする場合には、家庭裁判所に限定承認の申述書を提出します。相続人が複数いる場合には、全員が共同して行う必要があります。 ② 相続債権者・受遺者に対する公告・催告 限定承認の申述が受理された後は、限定承認者による相続財産の清算手続きが行われます。
複数の相続人がいる場合には、家庭裁判所によって相続財産管理人が選任され、相続財産管理人が清算手続きを行います。③ 相続財産の換価 相続財産に、土地や家など金銭以外の財産が含まれる場合には、原則として、競売手続きによって該当する財産を売却して金銭にかえます。
その際に、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価額を支払うことによって、競売ではなく相続人が相続財産を取得することもできます。④ 相続債権者・受遺者に対する弁済 換価した相続財産については、公告期間満了後に相続債権者・受遺者に対して弁済が行われます。 ⑤ 相続人による財産の受領 相続債権者・受遺者に対する弁済が完了した時点で手続きは限定承認の終了です。
手続き終了時点において相続財産に余りが出た場合には、相続人が取得することができます。 -
(2)限定承認は個人の手続きが難しい
相続放棄は、各相続人が単独で行うことができ、相続放棄の申述とその後の家庭裁判所の照会に対する回答だけでできてしまいますので、個人でも対応することが可能な手続きだといえます。
しかし、限定承認の場合には、相続人全員が共同して行う必要がありますので、全員が足並みをそろえて行わなければならないという難しさがあります。
また、限定承認は、家庭裁判所に申述をすればそれで終わりというわけではなく、その後、相続財産の清算手続きを行わなければなりません。相続財産の清算手続きは、非常に複雑かつ専門的な手続きになりますので、法律家である弁護士のサポートがなければ適切に行うことは難しいといえます。
したがって、限定承認の手続きは個人で行うことは非常に難しいため、弁護士に相談をすることをおすすめします。
4、限定承認を弁護士に依頼するメリット
限定承認の手続きをお考えの方は弁護士への依頼を検討しましょう。
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(1)正確な財産調査によって限定承認をすべきかを判断できる
限定承認・相続放棄の手続きをする場合には、相続開始を知ったときから3か月以内に行わなければなりません。
これらの申立てをするためにはその前提として、限定承認・相続放棄が必要であるかを判断するための相続財産の調査が不可欠となります。不慣れな場合は、どのような調査をすればよいか調べているうちに、3か月があっという間に過ぎてしまう危険があります。
相続問題の実績がある弁護士であれば、財産を明らかにするための調査方法を熟知していますので、迅速かつ正確に相続財産調査を行うことが可能です。限定承認・相続放棄の期限内に手続きの要否を判断するためにも弁護士に依頼をすることをおすすめします。 -
(2)複雑な手続きでも弁護士に任せることができ安心
限定承認の手続きは、相続放棄の手続きに比べて非常に複雑かつ専門的な手続きになっています。これらの手続きをすべて相続人個人で行うというのは非常に難しいため、法律の専門家である弁護士に任せるのが得策です。
相続放棄と限定承認の違いやメリット・デメリットを理解している方は少ないといえますので、弁護士から説明をすることによって、相続人全員が共同して行わなければならない限定承認の手続きも、スムーズに進むことが期待できます。
5、まとめ
借金を相続したくないと考えた場合には、相続放棄の手続きを行うのが一般的ですが、限定承認の手続きを行うことによって借金を負担するリスクを回避しながら遺産を相続することが可能になります。どちらにもメリットとデメリットがありますので、どの手続きが最適であるかについては、専門家である弁護士にご相談ください。
相続に関してお悩みの方は、ベリーベスト法律事務所 甲府オフィスまでお気軽にご相談ください。
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